BASEBALL ONE
ベースボールアナライザー
好永 貴雄(ヨシナガ タカオ)
野球経歴
小学校
黄波戸スポーツ少年団
山口県大会 3位
日置中学校
山口県大会 準優勝
宇部商業高校
2年秋から、エースで4番
神宮大会に出場
3年の春、夏の甲子園に出場し、夏の甲子園ではベスト4
予選から準決勝まで、全10試合完投
日本代表に選出され、アジア大会優勝に貢献
社会人野球 西濃運輸
7年間で、5回都市対抗野球大会に出場
そのうち1回は補強選手(東邦ガス)として出場
軟式野球 東海自動車学校
2年間在籍で、2度天皇杯に出場
インタビュー
ー高校時代、甲子園に2度出場している好永さんですが、甲子園に出るためにどのように取り組んでいましたか?
甲子園に出るというよりも、甲子園で勝つためにどうするかということを考えていました。
甲子園で勝つために「投げる体力」をつけるということをテーマに、走り込み、投げ込み、特に対バッターで投げるフリーバッティングや実戦形式で投げることを多くしていました。
その中で、どうバッターを抑えていくか、バッターとの駆け引きを養っていって甲子園で勝つことを目標に練習していました。
ー実際に甲子園に出場して、雰囲気などはどうでしたか?
やはり高校野球をやっていて、憧れの場所、目標とする舞台なので、緊張はすごくしたし、予選以上に観客も多い中で楽しみと緊張の両方がありました。
負けたら終わりということもある中で、いつもと違う環境ということで初戦は特に緊張しました。
ただ、最初のアウトを取ってからは落ち着いてプレーできました。
ートーナメントを勝ちぬくために意識していたことはありますか?
先制点を絶対相手にあげないということは意識していました。
やはり負けたら終わりなので、劣勢になると厳しくなってしまうと思います。
ー春・夏と出場し、夏はベスト4となっていますが、甲子園の中で一番印象に残っているプレーはありますか?
夏の準決勝の9回0アウト1,3塁でのピッチャーゴロからの暴投です。
あとアウト3つ取れれば決勝に進めるという場面で普段通りのプレーができませんでした。
普通にやっていればアウトが取れたと思うが、準々決勝から準決勝までの空きの時間もなく、疲労が取れておらず、朝も自分一人で起き上がれないほどでした。
アップやピッチングでもほとんど体を動かせず、精神的にも肉体的にも限界ギリギリの中で、周りが守ってくれて、打ってくれて9回まで来たという状況でした。
目の前にランナーがいて、タッチすればアウトという状況でしたが、タッチできず、なんとか一つアウトがほしいというところで、1塁ランナーが飛び出していて、投げたら暴投ということになってしまいました。
体調、環境といつもと違う状況だったからこそ出てしまったプレーだと思います。
ー甲子園に出て変わったことは何かありますか?
甲子園は色々な人に見られていたということです。
甲子園から帰って色々な人から声をかけられたり、甲子園のことを言われることがあったりしました。
また、野球選手との繋がりが多くなりました。
いろんな人に見られているということで、上に進んだ時も恥ずかしいプレーは見せられない、高校の代表として進んだというプレッシャーを感じながら野球をしていました。
ーその夏の大会後、日本代表に選出されましたが、どういった選手とプレーを一緒にしましたか?
メジャーでも活躍している田中将大投手や、中日ドラゴンズ平田良介選手、東京ヤクルトスワローズ川端慎吾選手などと一緒にプレーしました。
日本代表に選ばれる選手はみな、自分の特徴を持っていて、自信を持ってプレーしているということは感じました。
特に田中選手の負けず嫌いという点は印象に残っています。
ーそうだったんですね!
高校から社会人に進んで、違いで感じた部分はありますか?
まず最初に感じた部分はスピード感です。
打球の速さはもちろん、足の速さも違いました。
ワンテンポでも遅れてしまうとアウトがセーフになってしまうということは高校野球とははるかに違いを感じた部分です。
ー高校野球での甲子園、社会人野球での都市対抗、どちらのカテゴリーでも全国大会を経験されていますが、違いはありましたか?
都市対抗になるとマイク応援があるため、声がすごく聞こえてきます。
また、都市の対抗戦のため、市をあげて応援されているということで、緊張は甲子園の10倍以上ありました。
セットポジションの時に自分の腕が震えているのも感じました。
同じ全国大会ではあるのですが、大人同士の試合ということでより緊張感は高かったです。
ー緊張している時にいつも通りのパフォーマンスを発揮するためには?
緊張していても周りに守っている仲間を見て、コミュニケーションをとることで平常心を保つようにしていました。
どうしても打者だけ見ていると緊張しやすくなりますし、目の前しか見れなくなってしまうので。
ー好永さんが指導者になろうと思ったきっかけはありますか?
甲子園に出場して、ああいった場面で野球ができる幸せを感じることができたという経験を今の子供たち、サポートする子たちに良い思い、経験をしてほしいと思って指導者になろうと思いました。
ー最後にBASEBALL ONEに通われているメンバーにメッセージをお願いします。
明確な目標を持った中で取り組んでいってほしいです。
ただ漠然と毎日を過ごしていくよりも目標を明確にした中で何をしなければいけないのかを考えてほしいです。
その中で、目標に向かって一段一段を考え、登っていってほしいと思います。
グランドは発表会の場です。
そのために自宅やフィールドでたくさん失敗していってほしいです。